企業の持続的な発展には、従業員の問題の発生を未然に防ぎ、起きた問題による企業への悪影響を最小限に抑えるためにも、あらゆる場面を想定して適切なコンプライアンス体制を整備することが重要だと言われています。
なぜなら、企業のコンプライアンス違反が発覚すれば、刑事処分・行政処分を受けるのみならず、既存の取引先や新規顧客からの信用を失い、法的な訴訟になれば、最悪の場合、事業が継続できず、サービス停止や倒産に追い込まれるケースもあるからです。
問題のある従業員を放置し、心から反省をさせる機会を与えず、会社から一切のお咎めも無いと、同じような問題を再び起こす可能性が非常に高いと言えます。
外部に迷惑を掛けた相手がいる場合には、謝罪と誠意ある対応をさせることも必要です。
例えば、以下のようなケースになります。
「取引先に迷惑を掛けた従業員がいて、他の従業員に示しがつかない。」
「普段から業務上の指示に従わない問題社員がいて、処分を検討したい。」
「故意もしくは、過失により明らかに会社に損害を与える行為を行った。」
こういったケースでは、会社が従業員に「懲戒処分」を行うことで、問題行動に対してのケジメを付けさせ、社内の秩序を維持し、取引先からの信頼回復に繋がります。
そこで今回、懲戒処分とは何か、社内秩序の維持と従業員のモラル向上が必要な訳について解説します。
「罪を犯す者は、己れ自身に対して犯すなり。不正の人は、みずから己れを悪者にする意味において、己れの不正の犠牲者なり。」
<アウレリウス>
■懲戒処分とは?
懲戒処分とは、企業が従業員に対して行う労働関係上の不利益措置のうち、企業秩序違反行為に対する制裁のことを指します。
懲戒処分は、企業が、従業員の就業規則違反や企業秩序違反行為に対して、正式に制裁を科す処分になります。
多くの企業では、戒告、譴責、訓告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などの懲戒処分が制度化されています。
このような懲戒処分を適切に活用することは、企業の秩序維持にとって非常に重要です。
企業には従業員に懲戒処分を科す「懲戒権」があるとされています。
一方で、労働基準法第89条9号により、従業員10名以上の事業所が懲戒制度を設ける場合には、就業規則にその内容を明記することが必要とされています。
また、労働契約法第15条により、懲戒処分が無効になる場合があることが定められるなど、懲戒権が無制限のものではないことが明記されています。
懲戒処分にも法律上のルールがあり、ルールに違反して重い懲戒処分を下してしまうと、従業員から裁判を起こされることもあります。
■懲戒処分の7つの種類
懲戒処分には、問題の内容やトラブルの深刻度によって7つの種類があります。
1、戒告
戒告口頭での注意によって将来を戒めるもの。戒告は、過失や失態、非行などを注意し、将来を戒めるために文書または口頭で行うものであり、懲戒処分の1つです。
実務上では、懲戒処分ではない事実上の注意も多用されています。
戒告処分は、懲戒処分の中でも最も軽い処分として規定されることが多いです。注意指導を繰り返し、それでも奏功しない場合に、懲戒処分の入り口として行うようなイメージになります。
2、譴責(けんせき)
始末書を提出させて将来を戒めるもの。同様の行為を行わないよう従業員の言葉で誓約させます。
譴責は、戒告と同様に、懲戒処分の1つとして、過失や失態、非行などを注意し、将来を戒めるために文書または口頭で行うものではあります。
一般的には「始末書」を書かせることが多く、戒告よりも厳しい処分と位置付けられていることが多いです。戒告の時にでも、改善報告書を書かせる場合はあり、その内容は事業所によって様々です。
3、減給
本来ならば支給されるべき賃金の一部を差し引かれるもの。
労働者が仕事でミスをしたことによって、会社に損害を与えた場合、それが労働契約に違反するものであった場合、「債務の不履行」にあたり、民法第415条により損害賠償請求が認められます。
差し引く金額は、労働基準法第91条により限度が決められており、「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」とされています。
4、出勤停止
出勤停止とは、会社が従業員に対して、一定期間就業を禁止する懲戒処分をいいます。出勤停止期間は給与は支給されません。
出勤停止期間は、給与が支給されないため、従業員にとっては重い懲戒処分になります。出勤停止の期間について法律上の上限はなく、企業が就業規則において期間の上限を設けていることが通常です。
5、降格
降格とは、役職や職位を引き下げることです。懲戒処分としての降格と、人事異動としての降格があります。降格処分や降格人事ともいわれます。
懲戒処分の降格は、制裁の意味合いの強い降格です。会社に対して不利益が生じた場合などに行われます。 一方、降格人事とは、人事異動のひとつとして降格します。
社員の役職を引き下げる降職や、職能資格や給与等級を引き下げる降級を指します。
6、諭旨(ゆし)解雇諭旨解雇
諭旨解雇(ゆしかいこ)とは、従業員に対して事実上退職を強いることになる、懲戒処分の中でも重い処分です。
企業が従業員を一方的に解雇するのではなく、両者が話し合い、納得した上で解雇処分を進めること。ちなみに「諭旨(ゆし)」とは、趣旨をさとし告げるという意味。
従業員の「任意」という形式をとっているものの、実質的な解雇処分であり、従業員が最終的な退職を拒否することは事実上できません。ただし、諭旨解雇の場合は、退職条件の面で懲戒解雇よりも優遇されることがあります。
7、懲戒解雇
懲戒処分として一番重いもの。企業側が従業員と結ぶ労働契約を一方的に解消することです。
諭旨解雇が事実上の強制解雇処分であるのは、後に懲戒解雇が控えていることが多いからです。従業員が諭旨解雇を拒否した場合、改めて懲戒解雇処分となり、強制的に退職させられてしまうのが一般的です。
そのため従業員としては、諭旨解雇を受け入れても受け入れなくても結局退職になるならば、より条件が良い諭旨解雇を受け入れる選択をせざるを得ない可能性が高いでしょう。
懲戒解雇は、就業規則等に定められている懲戒処分内容に基づいて行われます。通常、懲戒解雇では、退職金や解雇予告手当を支給せずに即日解雇となります。
ただし、労働基準監督署による除外認定を得ず、解雇予告や解雇予告手当を省略すると労働基準法違反となってしまいます。
■懲戒処分の主な理由一覧
以下のような問題行動を引き起こした、従業員に対しては、会社は懲戒処分を行うことを検討すべきです。
・正当な理由のない欠勤、早退、遅刻などの勤怠不良
・無断欠勤
・故意または過失により会社に損害を与える行為
・セクハラ・パワハラ・マタハラなどハラスメントにより就業環境を悪化させる行為
・経歴詐称
・業務上横領など会社内の犯罪行為
・業務命令違反
・私生活での犯罪行為
・無許可で会社施設や会社備品を業務以外の目的で使用する行為
・会社に対する誹謗中傷
・機密情報の漏洩
・無許可での副業
・就業規則違反
懲戒処分を行う場合には、事実誤認があったり、処分の内容が重すぎたりすると、懲戒処分が違法・無効となってしまいます。
そのため、必ず合理的な基準に沿って慎重に検討を行い、関係者の証言や問題となった証拠を揃えるなど、従業員側からの反論に耐えられるコンプライアンス体制を作っておきましょう。
■コンプライアンスとは?
コンプライアンスとは、「社会的要請を受けて、法令ならびに諸規程を遵守すること、および高い道徳観・倫理観を持ち、良識に従い行動すること」と定めることを意味します。
従業員が不祥事を起こした会社は、社会的信用を失ってしまい、業績の悪化に直結するので、従業員にコンプライアンスを徹底して貰うことは、会社にとって重要な課題となっています。
コンプライアンスは、直訳すると「規則・法・要求に従うこと」です。日本の会社においては、「法令遵守」と訳されることが多いです。
コンプライアンスは、「法令遵守」と訳されるておりますが、法律を守ることは最低限であり、それ以外にも社会的道徳観や行動規範など、幅広いルールを遵守するという意味が含まれると考えられています。
近年、日本の会社では、情報漏洩や様々なハラスメントといった問題が取り上げられることも多く、コーポレートガバナンス「会社経営を管理する仕組み」が重要視されています。
コンプライアンスは、コーポレートガバナンスの基本原理であり、会社には「法令遵守」を強化した経営が求められています。
■懲戒処分をする際の注意点
懲戒処分を行うには、あらかじめ就業規則にその種類・程度を記載し、該当する就業規則に定めた手続きを経る必要があります。(労働基準法第89条)
また、就業規則は労働者に周知させておくことが必須です。(労働基準法第106条)
減給の制裁については、労働基準法第91条にて規定されていますが、その他どのような種類の処分が可能かについては法律で定められていません。
処分が不当とされないよう客観的な事実根拠と適正な処分方法をとるよう求められます。
懲戒処分をするにあたっては、以下の2点に注意する必要があります。
・懲戒処分となる事実を確認できる根拠が明確になっているか?
・処分の程度によっては労働者本人に弁明の機会が与えられているか?
なお、懲戒処分は、1回の問題行為に2回以上の処分はできません。
懲戒処分を受けた労働者に再度懲戒処分を下す場合、前回の懲戒処分と同一の問題行為を懲戒処分の対象にはできません。
■懲戒処分の手続き・流れ
会社が適法に懲戒処分を行うためには、労働基準法や労働契約法の規定を踏まえて、処分が合理的であるかどうかをきちんと検証する必要があります。
具体的には、会社が懲戒処分を行う際には、以下の基準を満たしていることを確認しなければなりません。
1、対象者の事実確認
懲戒処分の対象者に問題行為・事案について、本人や関係者からヒアリングを行い、事実確認を行います。
客観的な裏付けを得るために、物的証拠を中心に収集していきます。また、懲戒処分が決定するまで自宅謹慎(自宅待機)を命ずる場合もあります。
2、処分理由の告知・弁明機会の付与
ヒアリングを行い、事実確認を行った後、対象者に懲戒処分の理由を告知します。
処分理由を告知せず、企業が一方的に懲戒処分を行うことはできません
その後、対象者に弁明の機会を与えます(懲戒処分の理由告知と同じタイミングでも可)。弁明の機会はその後の労働トラブルを未然に防ぐ効果も期待できます。
3、懲戒処分内容の検討・決定
ヒアリング、弁明の機会で得た情報も参考にしながら、最終的な懲戒処分内容を検討します。
懲戒処分の内容と事実確認や弁明の機会によって認められた事実と相当性があるかを確認し、最終決定を行います。
懲戒処分内容はポイントを押さえて、決定します。
就業規則内に懲戒委員会の決定が明示されている場合は、懲戒委員会に付議します。
懲戒委員会の付議に関する事項、義務が明記されていない場合、そのような手続を経ずに懲戒処分を実施したとしても相当性の判断に影響はありません。
【懲戒処分内容の決定ポイント】
・対象事案の違法性の程度
・故意の有無
・社内外の損害(影響の程度など)
・就業規則に明示されている懲戒事由との整合性
・過去の類似事案との比較
4、懲戒処分通知書の送付・公表
懲戒処分が決定後、懲戒処分通知書を作成・送付・通知し、懲戒処分を実施します。
法的義務はありませんが、手続としては妥当となります。
懲戒処分通知書には、一般的に懲戒処分の該当事由、根拠となる就業規則の該当条項、懲戒処分内容を明記します。
また、懲戒処分を実施した後に処分の内容や被懲戒者の氏名、対象となった行為等を公表する企業も存在します。
一方で、懲戒処分の運用方法として「非公表」している企業も存在します。
懲戒処分の公表は社内秩序の維持と従業員のモラル向上の効果がありますが、被懲戒者のプライバシー侵害、情報の社外流出や関係各所への悪影響などのリスクがあります。
懲戒処分の公表を行う際には、個人情報の取り扱いには十分注意し、記載内容を吟味した上で、社内イントラネットへ掲載するなどの対応が必要です
■まとめ
懲戒処分とは、使用者(企業)が労働者(従業員)に対して行う、企業秩序違反行為への制裁(労働関係上の不利益措置)です。
一般的に遅刻・無断欠勤が続くといった職務懈怠行為や従業員の犯罪行為に対して、行なわれます。
懲戒処分は、懲戒処分に関する事項(懲戒事由と種類)を就業規則に明記し、従業員に就業規則を十分に周知した内容に違反があった場合に行われます。
懲戒処分に値する問題行為(事由)と処分の重さに相当性がなければなりません。
就業規則に反した社員に懲戒処分を実施することで、社内秩序の維持と従業員のモラル向上に加え、コンプライアンスの意識を高め、大規模な損害を未然に防ぐことにも繋がります。
実際に懲戒処分を行う際には、きちんと事実の調査を行った上で、処分の内容を慎重に検討する必要があります。事実誤認に基づく懲戒処分や、不相当に重い懲戒処分は違法・無効とされてしまうので注意しましょう。
■最後に
現在、働き方改革により企業フェーズ問わず「人」に対する意識変化が生まれてきています。
例えば、テレワークによる管理体制や評価制度、働き方の変化に順応し活躍できる人材の採用や教育など、企業規模、エリアを問わず、多くの企業が今後の人事戦略に悩みを感じている状況にあります。
企業運営では、正しく人事評価を行うことが大切ですが、「懲戒処分」の項目を就業企業に盛り込むことは、社内秩序と従業員のモラル向上に繋がり、コンプライアンスの観点からも企業の利益を守る有効な手段となります。
一方で、就業規則に懲戒処分に関する事項の明記や、解雇予告手当の支給など、労働基準法や労働契約法、実務上の取扱いに則った適切な対応が必要です。
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